この会は昭和54年(1979年)に発足しました。当時「日本労働安全衛生コンサルタント会」は未だ存在せず、産業医も、労働衛生コンサルタントも、労働安全衛生法に名称は登場したものの、その役割も活動も混乱と混迷の中にありました。
そのような中で、数少ない歯科出身の「労働衛生コンサルタント」たちは、歯科界における産業保健の先駆者として、歯科出身のコンサルタント、および産業歯科医の地位向上に向けて懸命の活動をはじめました。そこには、このまま推移すれば、将来、産業保健領域から歯科が排除されるという強い危機感がありました。その緊迫感がこの会発足の原動力となってきました。昭和54年10月20日、矢崎の呼びかけに呼応した計7名の人たち(7人の侍)によって、日本歯科医師会館にて、発起人会を開催、同年、矢崎、鎌田により、第1回の懇話会(現、協議会)を開催しました。
その後、大塚、細川、桜庭、藤田氏をはじめ、当会のメンバーによる地道な努力が続けられてきました。多くの人たちの無私の努力によって、歯科に対する産業保健世界での理解度も広がり、歯科医師の存在も自然、当然の形として認められるようになってきました。他方、歯科界は歯科医師過剰の時代に入り、その立場を再認識し、歯科以外の分野にも積極的にかかわる姿勢を見せるようになりました。産業保健への関心も高まり、歯科における労働衛生コンサルタントの存在価値も増してきました。
この数十年間における、この会の存在は極めて大きなものであったと自負しています。ちなみに、コンサルタント活動は本来、歯科とは別領域のものという認識から、当初「歯科」を伏せて24(日歯)労働衛生コンサルタント会と称していました。それによって、歯科に拘泥することなく、純粋に産業保健の立場から活動を続けてこられたことも確かです。この精神は現在にまで引き継がれています。
私たちは、歯科という背景を意識しながらもそれに拘泥せず、労働衛生コンサルタントとしての研鑽を深めるため変わらぬ努力と活動を続けています。下記のように40回を超える学術総会が開かれ、学術誌としての会誌も刊行を続けております。この間、着実にその実績が積み重さねられてきており、全国各地で活躍する歯科出身のコンサルタントは増えています。私たち
「日本労働衛生研究協議会」 は、これからも研鑽を重ねつつ、産業保健のさらなる向上に寄与していきたいと考えています。(written by Yasaki T.) |
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